75歳以上の医療費、年収200万円以上は2割負担に!現役世代の負担も増額されるのか?

政府は、12月16日、75歳以上(年収200万円以上)の医療費の窓口負担額を現行の1割から2割に引き上げることなどを盛り込んだ最終報告を臨時閣議で決定しました。
これに伴い関連法案を2021年の通常国会に提出することにしていて、早期の成立を目指すとしています。

新型コロナウイルスの第3波の到来により、感染拡大防止のための取り組みに全力で取り組むべき時期に、一部では「高齢者いじめだ」との批判もある中、政府はなぜ高齢者医療費の窓口負担を引き上げたのでしょうか。

1)日本の公的医療保険制度はどのようになっているのか?

日本は「国民皆保険制度」を導入しており、誰もが何らかの公的医療保険に加入しています。公的医療保険には、①健康保険、②共済組合、③国民健康保険、④船員保険の4つがあります。

(1)健康保険
サラリーマンやOLなど、会社(健康保険の適用事業所)に勤務している人が加入する公的医療保険です。
健康保険には、「組合管掌健康保険」と「全国健康保険協会」の2つがあります。
「組合管掌健康保険」は「組合健保」と呼ばれ、たとえば、「日立健康保険組合」や「ホンダ健康保険組合」というように企業単位で作られています。
また、企業単位ではなく「関東百貨店健康保険組合」のように地域や一定の業種で組織している健康保険組合もあります。
他方、「全国健康保険協会」は、「協会けんぽ」と呼ばれるもので、自ら健康保険組合が作れない中小・零細企業の労働者が加入する健康保険になっています。

(2)共済組合
共済組合は、国家公務員、地方公務員、教職員などが加入する公的医療保険です。
公的医療保険だけでなく年金もセットになっているのが特徴です。
保険料率も保険給付の内容も健康保険とは微妙に異なりますが、窓口負担額が3割である点は健康保険と同じです。

(3)国民健康保険
国民健康保険は、健康保険や共済組合に加入しない人が入る公的医療保険です。
主に自営業者などが加入しています。
居住地域の自治体が運営する「地域医療保険」か、同じ業種が集まって作っている「国民健康保険組合(国保組合)」に入ることになります。
保険料は、自治体や国保組合によって異なりますが、窓口負担額が3割である点は健康保険と同じです。

(4)船員保険
船員として働く人が加入する公的医療保険で、船舶に乗り込む船長や海員が対象になります。基本的に健康保険と同じ内容ですが、船員の生活の安定と福祉の向上のため、ILO条約や船員法に基づく船員保険独自のものがあります。

2)後期高齢者医療とは?

健康保険などに加入していた人も75歳以上になると、自動的に「後期高齢者医療制度」に加入することになります。
現在、医療費の窓口負担額は原則1割で、現役並み所得者は3割となっています。
現役並所得者とは、単独世帯の場合は年収383万円、夫婦2人世帯の場合には年収520万円以上の人です。
また、個人ごとに一定の限度額が定められており、一般の場合、外来で月額14,000円、入院で57,600円となっています。

後期高齢者医療制度は、75歳以上の高齢者から保険料を徴収していますが、割合としては全体の1割で、残りは、税金から5割、健康保険、共済、国民健康保険、船員保険から4割を補填されています。
つまり、後期高齢者医療制度は、公費と現役世代の保険料で9割が賄われているのです。

医療費の窓口負担が1割から2割に

3)75歳以上の医療費の窓口負担が1割から2割負担になった背景

現役世代の負担で成り立っている後期高齢者医療制度ですが、少子高齢化が進み、現役世代の数は減少し、高齢化によって高齢者の医療費の負担が増大しています。
健康保険組合連合会の資料「今、必要な医療保険の重点施策〜2022年危機に向けた健保連の提案〜 」によると、団塊の世代が2022年頃から75歳に到達しはじめることから、現役世代の高齢者医療のための拠出金負担が急増し、医療保険制度全体の財政悪化が急速に進むとされています。
その結果、健康保険、介護保険、年金を合わせた保険料率が2022年度には、「30.1%」に上昇すると見込まれています。

2022年以降も高齢者の数は増え続け、2025年には団塊の世代が全員75歳以上になります。
そのため、医療費の膨張が懸念されており、対策が急務とされていました。
そこで、高齢者の窓口負担額を「1割」から「2割」に引き上げるということになったわけです。
高齢者に今以上の費用負担を求めることで、不公平感を緩和すると共に、現役世代の保険料の増加を抑え、併せて医療費の削減に繋がることが期待されています。

一方で高齢者の負担が急激に増えることは避けなければならないため、2割負担となる対象者を収入で線引きすることになりました。
政府は単身世帯の年金収入で「170万円以上(対象人数約520万人)」を対象にすべきであると主張していましたが、公明党は「240万円以上(対象人数約200万人)」にすべきであると主張していたため、膠着状態が続いていました。

窓口負担の引上げを実施するには準備期間が必要であることから、医療保険を破綻させないためには、これ以上引き延ばすことはできないと判断した菅首相は、公明党の山口代表と12月9日に直接会って話し合い、間を取って「200万円(対象人数約370万人) 」という金額に決定しました 。
実際に2割負担が開始されるのは、2022年の10月からの予定です。

4)医療費の状況

以下の表は厚生労働省の資料からの抜粋です。
平成27年度から令和元年度までの医療保険適用分の医療費の推移です。
これを見ると、75歳未満は、増減はあるものの24兆円前後で安定しているのに対し、75歳以上は、平成27年度から年々増加していることがわかります。

健康保険組合連合会の「2025年度に向けた国民医療費等の推計 」によると、2020年度の医療費は「48.8兆円」で、2025年は「57.8兆円」になるとされています。
この推計が正しければ、今後5年間で9兆円も医療費が増えることになります。

今回の窓口負担の増額は、75歳以上の人の話しと思っている人がいるかもしれませんが、医療費の増大は、現役世代の保険料の増加に直結します。
実際、健康保険の1人当たりの年間保険料は、2007年383,612円だったものが、2019年には約495,732円と、約11万円も増加しています 。

これ以上社会保障にかかる費用が増えれば、働く意欲の減退にもつながりかねません。
また、健康保険の保険料は、労働者だけが拠出するのではなく、会社が半分を負担しなければならないので、会社の負担も増えることになります。

会社の経営者としては、人手不足が深刻化する中、人材を確保するのが難しくなってきていますが、社会保険料の負担も人材採用の重石になっています。
優秀な人材を獲得するためには給与水準を上げる必要がありますが、そうすると社会保険料の企業負担も上がるからです。
これ以上健康保険の保険料率が上がれば益々経営者の負担が大きくなります。

5)公的医療保険の現状と政府の思惑

現在の公的医療保険の収支は、平成28年度で、経常収入が50兆3698億円、経常支出が49兆2677億円で、経常収支差は1兆1021億円になっています 。
2022年以降は、毎年1兆円を越える医療費が増えることを考えると、現役世代の保険料率の上昇は避けられないでしょう。

75歳以上の医療費の窓口負担を2割とした場合、医療費の抑制効果は2000億円弱 で、現役世代の負担軽減額は880億円と試算されています 。
今後5年間で9兆円も医療費が増えることから、今回の窓口負担額の引き上げだけでは不十分なことがわかります。

政府としては、第一段階として75歳以上の高齢者について収入基準付きで窓口負担割合を2割にし、第二段階として、段階的に収入基準を引き下げる、あるいは無くす方向で検討しているのでしょう。
その上で、最終的には、医療費の窓口負担を現役世代と同水準の「3割」に引き上げることを狙っているはずです。

ただ、医療費は、今後、毎年1兆円を超える額で増加していくことが予想されているので、75歳以上の窓口負担を3割にしたところで全然足りません。
人口構造の推移から見ると、2025年以降は「高齢者が急増」し、「現役世代が急減」します。
現役世代の数が減れば、高齢者医療の負担をこれまでのように現役世代が支えることはできなくなります。

また、現役世代は、既に保険料の45%を高齢者医療制度へ拠出しているので、これ以上健康保険の保険料率を引き上げることは、年金や介護保険などの負担も増える中、不満が募る可能性があります。

6)国民皆保険制度を維持するためにすべきこと

このようなことから、皆保険制度を維持するためには、医療費を削減していかなければなりません。
具体的には、ITやロボットなどを活用して医師や看護師の負担を減らし、医療費自体を削減することが考えられます。
たとえば、AIによる事前診断を必須とし、AIが医師による診察が必要と判断した場合以外は保険診療としないなどです。

政府は、来年4月に1万7600品目の7割の薬価を引き下げて、4300億円の医療費削減をする方針を示しています 。
それだけでは不十分なので、処方薬のスイッチOTC化を進め、医療用の薬を市販薬として入手できる環境を整備することも重要です。

以上のとおり、健保財政を維持することは大変な状況ですが、日本の優れた公的医療保険体制を維持するためには、相当の工夫と覚悟が必要です。
現役世代の保険料率の引き上げはできるだけ抑え、高齢者にはある程度費用を負担してもらうしかありません。
その上で、医療費をできるだけ削減していかなければなりません。

それでも不十分な場合には公費による補填ということになります。
その場合、消費税のさらなる増税ということになるでしょう。
IMFの提言では、現在10%の消費税は、2030年までに「15%」、2050年までに「20%」まで引き上げるべきとしています。

「10%に上がったばかりなのにもう消費税の増税か」とため息が聞こえてきそうですが、そうならないためには、1人1人が医療費の削減のために病気にならないように気を付けることが重要です。
また、経済成長することで賃金がアップし、それに伴い保険料収入が増えれば収支が改善するので、日本経済を活性化することが大事です。
その意味で日本経済を支える経営者の皆様のご活躍が期待されます。