NHKの資料「新型コロナウイルス 世界のワクチン接種状況」によると、新型コロナウイルスのワクチンを少なくとも1回摂取した人の割合は、5月17日時点で、イギリス(53.50%)、アメリカ(46.71%)、カナダ(44.26%)、ドイツ(36.32%)、イタリア(31.04%)、フランス(29.24%)、日本(3.18%)になっています 。
このグラフを見てわかるとおり、日本だけ著しくワクチン接種が進んでいません。残念ながら、日本政府のワクチン確保に向けた交渉が後手に回り、ワクチンの供給が遅れていることが、この結果に表れています。
そのようなこともあり、日本では、4月25日から3度目の緊急事態宣言が発出され、期間が延長されると共に、都道府県も追加されています。他方、ワクチン接種が進み、コロナの終息が見えてきたイギリスやアメリカではコロナによる財政支出を回収すべく早くも増税の議論がはじまっています。日本でも今後増税はあるのでしょうか。
1)アメリカの状況
① キャピタルゲイン課税の増税
アメリカではワクチン接種が46.71%まで進み、今年2月以降、新規感染者は減少傾向にあります 。米バイデン大統領は、4月28日に開催された上下両院合同会議で施政方針演説を行いました。その演説の中で、富裕層に対する増税を提案しました。
内容としては、個人所得の最高税率を37%から39.6%に引上げ、年間の所得が100万ドルを超える富裕層に対して、キャピタルゲイン課税の税率を現行の20%から39.6%に引き上げるというものです。これに、純投資所得税の3.8%を加算すると、43.4%になります。これに、州によっては州税がかかるので、50%を超える税率になる可能性があります 。
この増税は、コロナの財政支出を回収することを目的とするのではなく、あくまで、育児支援や幼児教育への支援などを中心とする「アメリカ家族計画」の財源としています。これに対し著名なベンチャーキャピタリストであるティム・ドレイパー氏は、「キャピタルゲイン課税の税率引き上げは米国の雇用を奪う」と強く批判しています 。
このような批判を受けて、米大統領報道官のジェン・サキ氏は、定例記者会見に国家経済会議(NEC)のブライアン・ディーズ委員長を招き入れました。ディーズ委員長は、年間所得100万ドルを超える対象者は、米納税者のわずか0.3%であり、およそ50万世帯しか増税の対象にならないと説明しています。
その上で、富裕層は、税金対策をしているため、サラリーマンなどの中間層に比べ実質的税負担が少ないから、課税の公平の観点から富裕層に対する課税を強化する必要があるとしています。
アメリカでは所得格差が社会問題となっており、Newsweek によれば、「米国の株式とミューチュアルファンドに絞ると、所得上位1%の保有率が50%を突破しており、株価上昇で富裕層の富はさらに膨らんでいる。」と指摘されています。
② 法人税の増税
バイデン大統領は、キャピタルゲイン課税の増税だけでなく、法人税の増税についても言及しています。トランプ政権時代に35%だった法人税を21%まで引き下げたので、それを28%までに引き戻す提案をしています 。
法人税増税の目的は、インフラ計画の財源確保としています。その規模は、2兆2500億ドル(日本円で約250兆円)です 。
③ 増税の可能性
増税をする場合、アメリカでは上院と下院で法案が可決されることが必要になります。上院も下院も民主党が多数派を占めていますが、特に上院では拮抗している状態なので、民主党の中から反対を主張する者が表れれば法案は通りません 。
そのため、キャピタルゲイン課税と法人税の増税については、提案している税率よりも低いものに修正される可能性が高いと見られています 。増税の表向きの理由は育児支援やインフラ整備ですが、コロナ対策費の補填も当然視野に入っているはずであり、与野党の攻防が注目されます。
2)イギリスの状況
イギリスではワクチン接種が53.50%まで進み、新規感染者数は、1月をピークに、その後減り続けています。コロナが落ち着きをみせていることもあり、イギリスのリシ・スナク財務相は、3月3日の下院での演説で法人税率の引き上げを発表しました。
具体的には、2023年4月に法人税を現在の19%から25%に引き上げるというものです。その理由としては、2022年半ばまでに、コロナ禍以前の水準までイギリス経済は回復するからとしています。また、25%に増税されるのは、利益が25万ポンド(約3850万円)以上の企業なので、全体の10%にすぎないから影響は少ないと説明しています 。
新型コロナにより多額の財政支出を余儀なくされたイギリス政府としては、疲弊している国民に増税を強いることはできないため、黒字企業から徴収しようという考えです。しかし、法人税を引き上げれば、法人税が低い地域へ企業が移転してしまうリスクがあるため、慎重に考える必要があります。
財務省の資料によれば、法人税率は、ドイツ(29.93%)、日本(29.74%)、アメリカ(27.98%)、フランス(26.50%)、カナダ(26.50%)、イタリア(24.00%)、イギリス(19.00%)と先進7か国の中ではイギリスは低い水準です 。ただ、アイルランドが12.5%と極端に低いので、25%に増税すると法人がアイルランドに移転してしまう可能性があります。
アメリカやイギリスが法人税の増税について言及している背景には、各国で繰り広げられてきた法人税の減税競争に歯止めを掛けたいという思惑があります。イエレン米財務長官はG20で法人税の最低税率を設定すべきだと提言しており、コロナによって財政が悪化した各国が協調して法人税を引き上げる環境を作り上げようとしています。
ただ、アメリカもイギリスも増税を示唆しただけで、簡単にそのまま認められるとは考えていないはずです。とりあえず、増税することをアナウンスしておいて税率については引き下げながら調整していくものと思われます。
3)日本での増税の可能性
アメリカやイギリスでは増税について議論をはじめていますが、日本でもコロナが落ち着いた後、増税があるのでしょうか。日本は2019年10月に消費税を8%から10%に引き上げたばかりで、当時の安倍首相は、「今後10年は消費税を上げる必要はない」と発言しています。菅首相も官房長官時代に「安倍晋三首相は今後10年上げる必要がないと発言した。私も同じ考えだ」と述べています 。
このことから、消費税をすぐに引き上げるということは難しいと思います。ただ、「コロナという緊急事態が発生した」ということを理由に、状況が変わったとして消費税を増税するということはあり得るかもしれません。
また、各国が法人税の増税をした場合、それに乗じて日本も数%法人税を増税するということもあり得ます。東日本大震災後に東北の復興のためには、国民全体で支えなければならないという名目の元、法人税、所得税、住民税に復興特別税が課せられましたが、今回も「コロナ復興特別税」のような形で、それぞれ数%の増税という可能性もあります。
ただ、コロナによる財政負担は、経済を回復させることによって回収すべきであり、安易に増税をすればよいというものではありません。増税してしまえば、行政が経済を回復させるための努力をしなくなってしまうからです。そうなれば、税負担だけ増えて、消費が減ることにより日本の経済力が落ちてしまいます。
コロナ禍が終息したら、ダメージを受けた、観光業や飲食店などを中心にGo Toキャンペーンを復活させるなど、経済を活性化するための施策を積極的に実施することが重要です。その上で、どうしても増税が必要であれば、期限を区切って、増税ということもやむを得ないでしょう。大事なのは「増税ありき」ではなく、日本を良くするための政策をまずは考えるということだと思います。