3月17日の日経新聞の記事 によると、解約返戻金を低く設定した「経営者向け生命保険」について、国税庁が6月末にも課税方法を見直すとのことです。

節税を目的とした「経営者向け生命保険」の取り扱いについては、国税庁はこれまでも問題視しており、2019年2月に課税を強化しました。今回の課税の見直しは、さらに規制を強化するものです。

生命保険各社は、節税を売りにして、経営者に向けて「低解約返戻型逓増定期保険」を販売してきましたが、今後は、保険での節税は難しくなります。今回の見直しでは、遡及適用(過去に遡って適用されること)も検討されているようなので、2019年以降に経営者保険に加入した人も対象になる可能性があります。

そこで、今回は、経営者向けの生命保険とはどのようなものなのか、今回の課税の見直しによってどのような影響があるのかについて解説します。

1)経営者向け生命保険とは?

経営者向け生命保険とは、契約者を「法人」とし、被保険者(保険の対象となる人)を「経営者」とする保険です。事業を行う上で、経営者に万が一のことがあった場合、事業を継続することが困難になることがあります。特に中小企業においては、経営者に依存している傾向があるため、経営者が不在となった場合には、資金繰りや取引先との交渉などの面で不都合が生じるからです。

そのような場合に、保険に加入していれば、保険金が支払われるので、少なくとも金銭面で事業を継続できないという事態を回避することができます。経営者向けの生命保険は、保険の種類として、一定の期間を保障する「定期保険」が利用されることが多いようです。

定期保険の特徴は、安い掛け金で大きな保障が得られることです。定期保険は、いわゆる「掛け捨て」の保険なので、保険期間が満了してもお金は戻ってきません。そのため、資産性はなく、必要経費として原則「損金」になります。

しかし、定期保険は、満期にはお金は戻ってきませんが、保険期間の途中で解約すると解約返戻金が戻ります。そのことから、生命保険会社は、満期前の解約返戻金が高額となる時期に解約させることを前提に「保険料が全額損金になる」ということを強調して、保険の販売を行っていました。国税庁はそれを問題視したわけです。

その結果、2019年7月8日以降は、次のとおり、解約返戻率が高い生命保険の場合には、割合に応じて保険料を全額損金とすることができなくなりました 。

○ 最高解約返戻率が50%以下の場合 → 資産計上なし(全額損金)
○ 最高解約返戻率が50%超70%以下の場合 → 40%が資産計上(60%損金)
○ 最高解約返戻率が70%超85%以下の場合 → 60%が資産計上(40%損金)
○ 最高解約返戻率が85%超の場合
当初から10年間 → 最高解約返戻率×90%が資産計上
11年目以降 → 最高解約返戻率×70%が資産計上

国税庁は、損金算入割合が少なくなれば、「経営者向け生命保険」に加入するメリットはなくなると考え、このような措置を講じたわけです。

2)低解約返戻型逓増定期保険の開発

生保各社は、解約返戻率が高いと損金として認められなくなったことから、今度は、「低解約返戻型逓増定期保険」を法人に販売し、その保険を途中で経営者に名義変更するというスキームを考えました。

逓増定期保険というのは、保障期間中の保険金が一定ではなく、増えていくタイプの保険です。なぜ保険金を逓増させるかというと、責任が増大していくのに比例して保障も上げていく必要があるからです。

しかし、生命保険会社は、経営者向け保険を「逓増定期保険」にすることで、加入して数年は低い解約返戻金で抑えつつ、一定年数が経過して保険金が上昇すると解約返戻金が急上昇するような保険を開発しました。

加入して数年間の解約返戻金を低く設定する理由は、保険を譲渡する場合の価格が、解約返戻金相当額とされていたからです。解約返戻金の額が少ない時期に経営者に安価で保険を譲渡し、その後、経営者が少し保険料を負担することで、多額の解約返戻金を受け取れるようにしたわけです。

具体的な数字で見てみましょう。年間保険料は500万円とします。

1年目 解約返戻率0% 累計保険料500万円 解約返戻金0円
2年目 解約返戻率3% 累計保険料1,000万円 解約返戻金30万円
3年目 解約返戻率4% 累計保険料1,500万円 解約返戻金60万円
4年目 解約返戻率5% 累計保険料2,000万円 解約返戻金100万円
5年目 解約返戻率85% 累計保険料2,500万円 解約返戻金2,125万円

このような保険があったとして、1年目から4年目までは法人が契約者として保険料を支払います。そして、5年目直前に契約者を経営者に名義変更します。そうすると、経営者は、5年目に保険料を支払って解約すると2,125万円が得られます。

この保険の最高解約返戻率は85%なので、保険料の40%は損金にすることができます。毎年500万円の保険料なので、法人は、その40%の200万円が毎年損金として処理できます。つまり、4年間で800万円を損金として処理できます。

そして、4年目の終わりに保険契約者を経営者に名義変更すると、300万円×4年=1,200万円は資産計上されていますが、法人から個人への保険の権利移転については、所得税法基本通達36-37により、解約返戻金の額とされていることから、4年目の解約返戻金額である100万円が評価額となります。そうすると、その差額である1,100万円を会社は損金として処理できます。

経営者への課税は、無償で譲り受けた場合には100万円について給与所得となり課税対象になりますが、有償で譲り受けた場合には課税はありません。

経営者は、5年目の500万円の保険料を支払い、解約すると2,125万円が得られます。この時、経営者が有償取得しているとすれば、譲渡料100万円と500万円を支出しているので、2,125万円−(100万円+500万円)=1,525万円が得られた利益ということになります。

保険金は所得の分類上「一時所得」となるので、「50万円の特別控除」があり、利益から50万円を差し引いた後の額の「1/2が課税対象」になります。本ケースの場合、(1,525万円−50万円)×1/2=737万5千円が課税対象ということです。半分の利益だけが課税対象になるので、非常に税制上優遇されているわけです。

このように、「低解約返戻型逓増定期保険」は、法人にとっても、経営者個人にとっても節税効果の高い商品でした。国税庁は、2019年に改正を行ったのに、生保各社がこれを回避する形でこのような運用をしていることに苛立っていたのでしょう。

低解約返戻型逓増定期保険の開発

3)今回の改正の内容

そこで、国税庁は「低解約返戻型逓増定期保険」の税制上の取り扱いについても変更することにしたということです。その内容は、名義変更をする際の保険の評価について、解約返戻金の額が法人の資産計上している保険料の7割未満の場合には、「資産計上している保険料の額を評価額とする」というものです。

先ほどのケースでは、保険料の資産計上額が1,200万円で、解約返戻金が100万円でしたので、「資産計上している保険料の7割未満」ということで、1,200万円が評価額になるということです。保険の評価額が100万円から1,200万円に上がった場合、法人は損金にできる額が減ってしまいます。また、経営者も一括で1200万円を支払うのは厳しいので、無償で譲り受けるケースが増えると思われます。そうすると、給与所得として課税されることになり、節税のメリットは少なくなります。

しかも、この運用は、2019年7月8日以降に締結した保険契約に遡及適用されるということなので、節税目的で「低解約返戻型逓増定期保険」に加入していた人は、そのメリットを享受できなくなる可能性があります。

法の不遡及の原則から、本来遡っての運用見直しは行うべきではなく、今年6月に見直しが行われるのであれば、6月以降の保険を対象にすべきです。そうでなければ、保険加入者に不利益をもたらすことになるからです。

今後、生命保険会社からの働きかけや、パブリックコメントを受けて、遡及適用などは外される可能性はありますが、資産額を評価額とする見直しは、おそらく通ると思われます。特に2019年7月8日以降に「低解約返戻型逓増定期保険」に加入した経営者の方は、「遡及適用があるか」について6月の改正について注視していく必要があります。

保険見直しの必要性

4)保険見直しの必要性

節税というものは、脱税とは違って、法律で許容されている範囲内で行う適法なものです。しかし、それをやりすぎると規制当局の目につき、規制の対象になってしまいます。今回の「低解約返戻型逓増定期保険」の節税スキームは、明らかに2019年の規制を受けての回避策であり、国税庁としては、面子を潰されたというところがあるのだと思います。

「低解約返戻型逓増定期保険」は、節税を目的に設計された保険商品であり、生命保険の本来の趣旨を逸脱していると言われても仕方がないものです。保険の本来の使い方は、経営者に万が一のことがあった場合の金銭的な保障です。

2019年7月8日以降に保険に加入した人はもちろん、そうでない人も、これを機会に無駄な保険に加入していないか確認してみてはいかがでしょうか。節税効果が期待できなくなった分、「シンプルに保険の必要性を考えることができるようになった」と前向きに考えると良いと思います。